絶望からの回復(鏡編)

自分が見えない、
そんな時があった。

家族が次々在宅療養していた時、
いろんな人が出入りしていた。


24時間何かあれば
お医者様、看護師さんが飛んできてくれていた。
ケアマネさんや、親戚、兄弟、常に相談できた。


家族が亡くなり、無事見送り、
すべてが終わった途端
ピタッと誰も来なくなった。


そう、
もう亡くなったからね。


汐が引くようにって
こういう感じなんだな
っと思った。


一人取り残された感じがした。


その時、まだ
同じように死期がせまっていた猫を
抱えていた。
泣いてる暇はなかった。


18才、尿道が壊れ10年、
お腹に開けた針のように細い穴から
オシッコをしていた。オムツ猫。


人間にはお医者様とか助けがあったが
こういう状態の猫は簡単に預けられなかった
なんども危機があった。


この子が先か?
と思っていた。


そんな子が、
命を長らえていた。


もう動くのもやっと
目も見えてるのか?
と思う状態なのに、


ただひたすら
私を目でおっていた、
か細い声で何か話しかける。


「ここにいるよ」
返事をすると、
安心したような顔をする。


常に見える位置にいた。


一年後、私が落ち着いた頃、
この子も逝った。

私の為に頑張って居てくれたのがわかった。


一人っきりで、
彼とお別れをした。


体中の力が全部抜けていった。


生きてる感じがしなくなった。


音も、光も入らない、
静かな暗闇の中で、
起きているのか、寝ているのか
うすぼんやりと何日も倒れていた。


誰もいない


自分がいることが感じられない


何一つ動くものがなくなった中
目の隅で何かが動いた。
姿見に映る自分の足だった。


私だ、と思った。


力の出ない手を動かす、
鏡の中の手が動く、
自分がいる。


なんとか椅子に座り、
その前に姿見を置いた、
ガリガリに痩せた自分が映った。


その姿を見た時、
氷のように固まり、動かなくなっていた
私の心が動いた。


大きな鏡を何枚も注文した。


その鏡を家のあちこちに置いた。
自分が少しでも動くと
あちこちの鏡の中で
自分が動く。


誰もいなくなったと思っていた部屋に
自分が動くと人の気配が感じられる
自分がいる。ホッとする。


人がいて、
いや、私を映す誰かがいてくれたから
自分がいるのがわかる、感じられていたのか?


ただ目でおわれるだけでも、
ただ声をかけるだけでも、
自分に反応してくれる相手がいたから
自分を確認できていたんだな
と思った。


5年前、

力尽き動けなくなった時、
鏡で自分の存在を見守り、
乗り越えることができた。

 

 

愛着障害克服カウンセリング東京の詳細はこちら 

毎月5名様限り
特別価格で初回カウンセリングを実施しています

愛着障害克服カウンセリング東京では
心理セラピーを多くの方に体験してもらいたい
心理セラピーの可能性を知ってもらいたいそんな思いから、
毎月先着5名様に限り、初回カウンセリングを
通常価格10000円→6000円で
ご提供させていただいております。

 [8月  満席]
 [9月  満席]
 [10月  満席]

ただいま11月分の募集を受け付けています。(残席3名様)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です